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1985年-1995年 : グローバルスタンダードを目指して

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会社の歩み 製品の歩み
関家三男が代表取締役を退任。
それまでパートナーとして経営に当たっていた関家憲一と関家臣二がそれぞれ代表取締役社長と代表取締役副社長に就任。
管理部門を憲一が、開発マーケッティング部門を臣二が担当する
1985年  
1987年
デュアルダイシングソーシリーズ「DFD-3D/8」を 開発
全自動サーフェースグラインダ「DFG-82IF/8」を開発
会社の商号(英文)をDISCO CORPORATIONに変更
1988年
株式を日本証券業協会に店頭登録
桑畑工場用地約31,000坪取得
1989年  
1992年
オートマチックダイシングソー「DAD320」「DAD500シリーズ」を開発
フルオートマチックダイシングソー「DFD640」「DFD620」を開発
  1993年
デュアルダイシングソー「DFD650」を開発
国際標準化機構が定める品質システムISO-9002認証を精密ダイヤ部門で取得
1994年
EC委員会後任の安全規格審査・認証機関であるTUVの認証を受け、ヨーロッパ向け出荷機にCEマークの表示の開始
国際標準化機構が定める品質システムISO9001をPS事業部として取得
1995年  

1991年、平均年齢25歳、総勢15名、1年後のセミコンジャパンまでに主力4機種をモデルチェンジさせ、セミコン会場で動作させるというプロジェクトが発足しました。 その頃、某デバイスメーカーの北九州工場の課長から、「各工程の装置をU字ラインで並べて、オペレーターが全行程を一人で操作できるラインの導入を検討している。ついては、もっと小型で安い装置を作って欲しい。そうすれば200台は買う」という話が舞い込み、当初の計画になかったマニュアルダイサもモデルチェンジすることになったのです。当時の6インチマニュアルダイシングソーの横幅を900mmから500mmにしなくてはなりません。装置はなんとか完成しましたが、今度は電装が入りません。部品1点ずつのダンボール模型を作り、それを電装スペースにレイアウトしたところ、収めることができたので、どうにかできると奮起、新製品は小型化に加え、大幅なコストダウンを達成することができました。それがマニュアルダイシングソーDAD320です。ようやく1号機の納入、評価にこぎつけましたが、当の生産技術の課長はマレーシアに転勤してしまいました。結局北九州工場の受注は取れず、マレーシア工場に10数台納入するにとどまりました。しかし、装置の小型化が受け、国内外から多数の受注を得ることができ、当初の思惑とは違ってしまいましたが、ヒット製品となったのです。

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